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教科書には載っていない 日本史歴史人物の「結婚事情」 福沢諭吉編

投稿日時:

yukichi

福沢諭吉

(1825~1883)明治に活躍した啓蒙思想家。中津藩士の出で緒方洪庵に「蘭学」を学ぶ。のちに英学を修めて欧米を視察する。慶応義塾を創設した人物。『西洋事情』を刊行。『学問のすすめ』で人間平等宣言と一国独立を主張。明治政府の官職には生涯就かなかったことで有名。

当時には珍しい「夫婦観」

福沢諭吉は28歳の時に中津藩士土岐太郎八の次女で17歳の「阿錦(おきん)」と結婚しました。
福沢夫妻の新居は小さな二階建ての家屋で、屋内には慶応義塾の学生が常時群れており、「甘い新婚生活」はほど遠いものだったようです。しかも諭吉は幕府の遣欧使節に随行して、1年間も長期で家を留守にしました。そんなことをやっていた諭吉ですが性格は「亭主関白ではなかった」ようです。
「すなわち妻を一人前の人として夫婦同等の位に位し、毎事にこれに語り、毎事にこれを相談することなり。」
この言葉は「福沢諭吉家族論集」にある一説です。簡単に訳すと「妻と毎日語り合って相談しなさい」という意味です。
現代は共働きも多く、メールなどで連絡をしがちですが、顔を合しての会話がいかに大切で、夫婦は平等だということを諭吉さんはこの時代からも発信していたようです。

諭吉の女性観

このように諭吉は妻を一人の人間として敬い、毎日語り合うことが良いという考え方でした。
明治の時代と言えば『男尊女卑』が当たり前の時代です。
そんな中で男女平等を訴えた諭吉は本当に進んだ人物だったといえますね。(*^。^*)
諭吉は自身の著書や雑誌の中でこのような女性観を語っています。
「結婚する際に互いの名字を1字ずつとって新しい新姓を作るのがいい。」
「日本の男が愛人を持つのはやめるべきだ。妻も許してはいけない。」
「妻への財産分与は当然のこと。夫は家事や育児も積極的に協力するべきだ。」
と説いています。現代の夫婦別姓やイクメンにも通じるものがありますねー!!!驚きです!

良き家庭を築く努力を惜しまない

諭吉は良き家庭を求め努力を惜しまない人物だったそうです。
「夫婦親子の間に隠し事などない」
「子供の失敗を親がとがめれば、子もまた親の失敗を笑うような子になってしまう」
「礼儀のある子供に育てる」
などなど数々良き父親像を語っています。
とても温かな家庭を築いていたようですね。素敵ですね!
ちなみに福沢夫妻は四男五女というなんとも大家族でしたが、誰一人として死なせることなく立派に育て上げました。
また、子供には決して手をあげず、家族を互いに呼び捨てにすることを禁じていたそうです。
さらに当時としては珍しい『家族旅行』までよくしていたそうですよ!
夫婦も円満で晩年も大変微笑ましい姿で仲良く写った写真が今でも残っています。
明治の偉大な教育家は一人の夫として、父としても大変立派な人物だったんですね!!
私達夫婦も見習いたいです(@^^)/