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教科書には載っていない 日本史歴史人物の「結婚事情」 葛飾北斎編

投稿日時:

hokusai

葛飾北斎

(1760~1849)江戸後期の浮世絵師。勝川春章の門人となる。狩野派などの諸派の画法を取り入れ独自の画風を確立した。人物画・花鳥画・特に風景がに優れており、代表作「富嶽三十六景」はフランス印象派にも影響を与えた傑作。世界中で北斎の絵を愛するファンが多く存在する。

北斎は2回結婚している

北斎の初婚は24、5歳と言われています。
絵師として出発したばかりの北斎ですが、一男二女に恵まれ過ごしていました。
北斎は自分自身でも自由な性格を好むことを書いています。すでに6歳の時から物の形を写生する癖が出ていたそうです

しかし、順調に見えた絵師の仕事もぱっとしなくなりはじめます。

やむを得ず別の職を転々とします。そんなさなかに幕府御用の鏡師が後継者を探しているという話が舞い込んで来ます。
困窮から抜け出したい一心で夫婦してその鏡師の養子になりました。
ところが気ままに絵を描くことが好きな北斎です。
厳密な職人の世界について行くことができません。
そんな夫の姿に振り回され、貧しい暮らしも重なって妻があっという間に病死してしまいます。
北斎はこれを機に自分の長男に家督を継がせ、なんと「隠居」生活を始めてしまいます。
この時期にやってきたのが後妻の「こと」でした。

ひっこし大好き北斎

さて、二度目の妻を迎え絵師の暮らしに戻ることができた北斎。
こととの間にも一男二女をもうけました。
うーんなんとも子だくさん(@_@;)
北斎には先妻と合わせると6人子供がいたことになります

北斎はさまざまな画法を学び、さまざまな分野に挑戦していきました。
しかし、日常生活には無頓着です。いつも同じ服をきて、総菜屋のおかずを食べていたそうです。
ところがこの北斎驚くほどの「引っ越し好き」でした。
90歳の生涯の間で93回もの引っ越しをしました。
それはそれは奥様は苦労されたと思います。

孫と娘が悩みの種

晩年の北斎の悩みの種になっていたのが、長女が産んだ孫と三女でした。
どうも孫は成人するにつれて遊び呆ける性格へとなっていったようです。
北斎はいつも問題が起きたら尻拭いに回らなければならなかったそうです。
三女のお栄は父と同じく「絵師」でしたが、この娘も自由な性格で周りが困っていたそうです。
北斎じいちゃんは年を取ってからが大変だったみたいですね(;一_一)
そんな北斎を支えた「こと」さんは、すごい奥さんですね!!

このシリーズではこんな感じで歴史上の有名人物の結婚事情についてご紹介します。笑っちゃうエピソードや感動してしまうエピソードなど色々ご紹介しますのでお楽しみに!